日常生活や社会生活で問題が生じること

一般的な原因は?

私たちが普段当たり前のように行っている行動は、脳の働きによって支えられています。

脳の働きには

1.動物全般に共通する機能(呼吸をする、ご飯を食べる、寝るなど)
2.人間で特に発達している機能(物事を考える、思い出す、伝えるなど)

があります。 1.は生命維持に関わるなど動物にとって基本的な機能ですが、2.は生命維持に関わらなくても人が人として社会で生きていくためには重要な機能であり、高次脳機能とも呼ばれています。

脳卒中や脳外傷などによって、高次脳機能に関わる部位が傷つくと、言語、思考、記憶、行為、学習、注意などに問題が生じます。それによって、日常生活や社会生活で種々の問題が生じることを高次脳機能障害といいます。

どんな特徴があるの?

大きく分けて4つの特徴があります

高次脳機能障害には大きく分けて4つの特徴があります。

1.麻痺等とは異なり、目に見えない障害
2.本人自身も障害の存在や病前との変化を十分に認識できないことがある
3.高次脳機能障害の影響は、入院生活より自宅での生活や社会生活(仕事、学校、買い物、行政手続き、公共交通機関の利用、自動車運転)で発現しやすい
4.認知症とは異なり症状が進行することはなく、程度の差はあるが回復することがある

高次脳機能障害は、注意して観察しなければベテランの医療スタッフでも気づかない事があるほど分かりにくい障害です。ただし、入院生活では気づかれないほど軽度の障害でも、日常生活や社会生活では種々の問題を生じることがあります。

そのため、医療スタッフだけでなく家族や周囲の人々が、会話や行動の変化を逃さずに捉え、他職種が協力して早期から適切な支援を行なっていく必要があります。

注意障害

注意を向けたり・集中したりが難しい

「注意」とは感覚や記憶、思考などの情報を適切に取捨選択する能力です。人が暮らす環境には膨大な情報が溢れており、脳がそれを全て処理するには限界があります。そのため、取捨選択して一部の情報だけに意識を向けています。

例えば、電車の中では、車窓から見える景色、乗客の話し声や仕草、ファッション、香水や体臭などの匂い、電車が動く音、通り過ぎた駅での思い出など多くの情報が溢れています。その中でも自分が気になるような事柄(面白い記事や会話)に注意が向くと、それ以外の情報は変わらず存在していても脳の中で認識できないように注意機能でフィルターがかかります。

また、自分が取り入れたい情報に対して長時間注意を持続させたり、同時に複数の情報へ注意を向けたりすることも注意機能の働きです。 なお、注意機能の少し特殊なものに視空間注意というものがあり、病気をした部位とは反対側の空間の認識が乏しくなることがあります(半側空間無視)。イメージ的には我々もタンスの角に小指をぶつけることがあると思いますが、右脳を怪我すると左側の身体だけを移動時にたくさんぶつけたり、左側に置いてある持ち物に気づかなくなることがあります。

注意障害の特徴としてみられる例として

・じっとしていられない
・すぐに疲れる
・人の出入りや音に気が散り集中できない
・作業を行うスピードが遅く
・時間がかかる
・ミスが増えるが、そのミスに気づきにくい
・同時に複数のことが行えない(野菜を炒めながら食器を洗う、電話をしながらメモをとる) ・一つのことに固執し、それ以外の事柄へ思考を切り替えられない

など、一つの例ではありますが、このような症状がみられることがあります。

遂行機能障害

一連の目的にかけた行動が難しい

目的を達成するため、物事を計画し実際の行動に移す能力を遂行機能といいます。

具体的には
1.目標設定(意図的に先を見据えたゴールを設定する)
2.計画立案(そのために必要な手順を考える)
3.計画実行(最終的なゴールや方向性がブレないように維持して、目標達成に必要な作業を実行。必要に応じて計画や方法を修正する)
4.効果的な行動(目標を念頭に置きながらより効率的な方法を選択する)という段階があります。

生活の中での例として

1.目標設定(カレーを作る)
2.計画立案(隠し味にチョコレートをいれよう、野菜は〇〇スーパーが安いので△△の帰りに買おう)
3.計画実行(忘れずに〇〇スーパーによったり、実際の調理動作)
4.効果的な行動(味見をしてチョコレートはあまり好みでは無かったので味を好みのものへと調整する、肉の解凍に時間がかかっため次は前日に冷蔵庫の中で解凍しよう)というようなことが考えられます。

なお、遂行機能障害は習慣的な生活場面ではあまり認められませんが、計画的に行動する必要がある場面や、過去の経験を新しい事態に合わせて柔軟に応用しなければならない場面などで特に認められやすい傾向があります。

遂行機能障害の特徴として

・物事の優先順序が決められない
・思いつきだけで行動する
・計画が立てられないため場当たり的に行動を進める
・目標が立てられない、目標を立ててもそれに必要な計画を立てられないため行動が開始できない
・指示がないと今から何をすれば良いのかが変わらず行動できない ・自分の行動を客観的に評価することができないため、状況に応じた柔軟な対応ができなかったり同じ失敗を繰り返してしまう

など、一つの例ではありますが、このような症状がみられることがあります。

社会行動障害

その場にあった言動のコントロールが難しい

感情のコントロールが難しくなるなど、社会的な生活を行う上で問題となる症状を総称して社会的行動障害と言います。

社会的行動障害を適切に理解し支援するためには

1.他の認知機能障害や環境的な要因の結果として二次的に生じているのか(注意障害があり周囲の音に気が散りイライラする、失敗経験を重ねることで自信喪失し抑鬱的な症状がでるなど)
2.脳損傷の結果として直接的に社会的行動が障害されたのか(易怒性や病的泣き笑い)に分けて捉える必要があります。

社会行動障害の特徴として

・些細なことにこだわったり何度も同じことを言う、状況に合わせて柔軟に思考を切り変えることが難しい
・すぐに人に頼ろうとする、子どもっぽくなる ・食べたい物を食べたいだけ食べる、手元にあるお金を全て使ってしまうなど自分の欲求に従って行動してしまう
・怒りや笑いなどの感情のコントロールが難しく、些細な事で急に怒り出したり、笑ってはいけない場面で笑ってしまう
・相手の気持ちを推測したり共感することが難しい、雰囲気にそぐわない会話や話にまとまりがなく脱線しやすい
・自分から何かしようと行動せず他者からの促しを必要とする、周囲に無関心 ・盗みやセクハラなどの社会的なルールから逸脱した行動をとる

など、一つの例ではありますが、このような症状がみられることがあります。

病識欠如

なんで気づかないんだろう?

高次脳機能障害は目に見えない障害であり、周囲の人が気付きにくいだけでなく、自分自身もその障害に気付きにくい特徴があります。

脳には客観的に自分自身を知るような能力がありますが、脳が傷つくことでこのようなことが難しくなります。 よくTVなどで記憶障害の方の生活シーンが取り上げられた際、その方は朝食を食べたのにも関わらず「私はご飯を食べてない!何でお前はそんな嘘をつく!」などと描写されることがあります。

これは自身の記憶力に対する認識が低い状態であるとも捉えられます。 病識欠如があると「自分は前と変わらない」と認識してしまうため、本来必要であるはずの支援や訓練を受けることが難しくなります。

リスクのある状態を十分に認識できず、また、対策も不十分な状態で日常生活や社会生活に復帰すると、様々な問題が生じてしまうため、病識の獲得は重要な要素となっていきます。

なお、病気の存在を認識できないのか、それとも病気を認めたくないという心理反応の結果なのかは注意して捉えていく必要があります。

病識欠如の特徴として

・自身の状況に対して楽観的で思い悩むことが少ない
・自分の行動がうまくいかなくても気にしなかったり、無頓着 ・失敗や間違いに気づかず、それを自ら正そうとしない
・障害を補うために何かを工夫しようとする態度に乏しい

など、一つの例ではありますが、このような症状がみられることがあります。

失行(しっこう)

パターンや順序を覚える作業が難しい

相手から言われている内容は理解できており、身体に麻痺などの運動制限がないにも関わらず、道具が上手く使えない、動作がぎこちないなど、いつも行えていた行動が難しくなることを失行といいます。

自然な状況では上手く実行できても、改めて意識して実行するような状況で特に困難となります。

失行の特徴として

・うちわを逆さまに持って扇ごうとする
・文字の形が崩れたり、形を正確に描けない
・運動や動作が全般的にぎこちなく拙劣
・ボタンの掛け外しが上手くできない
・服の左右や裏表が分からず混乱してしまう
・歯ブラシの使用方法がわからず、櫛のように髪をとかそうとする

記憶障害

覚える、思い出すことが難しい

新しく物事を覚えたり、長く出来事を覚えておいてそれを必要なときに思い出すことができなくなるようなことを記憶障害といいます。

ドラマや映画などで、頭をぶつけた登場人物が記憶喪失として描かれるのは、高次脳機能障害の中の記憶障害というものになります。 

記憶障害の特徴として

・昨日話したことや約束したことについて尋ねられても思い出せない
・何度も同じことを話したり、質問したりする
・物をよく置き忘れる
・後で〇〇をやろうと思いながら同時に別の作業を行っていると、そのことを忘れてしまう

高次脳機能障害のまとめ

周囲のサポートが大切

高次脳機能障害は目に見えない障害ということでしたね。同時にそれは、周囲の人々に理解されにくい、誤解を招きやすい障害とも言えます。

例えば、注意障害や遂行機能障害のある方と親族や職場の方々が入院中に面会した際、「前と変わりなくて良かった。すぐに退院できるね。」と話されている場面をお見かけします。ただし、実際に職場や家庭へ戻ると、動作が遅い、落ち着きのなさや忘れ物が目立つ、作業効率が悪い、うっかりミスが多くなるということに直面する場合があります。

これらが病気の影響だとしても、周囲には「やる気の問題」「意欲の問題」「認知症や老化現象」と捉えられることが多く、結果として日常生活や社会生活の継続が困難となる例もあります。

早期から専門家による適切な評価、訓練を行うことで日常生活上の障害軽減を目指すと同時に、社会復帰には家族や職場、地域の協力などが不可欠となっていきます。

参考文献・引用資料

1.鹿島晴雄編集,よくわかる失語症と高次脳機能障害.永井書店.2012
2.石合純夫著,高次脳機能障害学 第3版.医歯薬出版.2022
3.平山和美編著,高次脳機能障害の理解と診察.中外医学社.2017
4.藤田郁代編集,標準言語聴覚障害学 高次脳機能障害.医学書院.2021